遺伝子セットってなんだろう?

1. 序論:冬と夏の販売個数

同じスーパーで、冬と夏に何個売れたかを比べます。下の表は、各30日間の販売個数を並べた架空データです。金額ではなく、商品1個・1袋・1パックを1として数えています。

冬と夏の販売個数

架空データ · 全48商品
商品の強調と並び順
カレーの材料を◆で示した販売個数。同じ店舗の冬と夏、各30日間。
商品冬(個)夏(個)増減率
·米320336+5%
·食パン400380−5%
·パスタ180198+10%
·うどん240216−10%
·そうめん60240+300%
·小麦粉140126−10%
◆カレールー100150+50%
·シチュールー16080−50%
·みそ220198−10%
·しょうゆ200210+5%
·食用油180189+5%
·塩100105+5%
◆たまねぎ200270+35%
◆じゃがいも200260+30%
◆にんじん100125+25%
·キャベツ180171−5%
·レタス120168+40%
·トマト160256+60%
·きゅうり100200+100%
·なす80160+100%
·大根200130−35%
·ほうれん草180126−30%
·しめじ160128−20%
·もやし300315+5%
·りんご200140−30%
·バナナ240252+5%
·みかん30060−80%
·すいか10100+900%
·鶏肉320352+10%
·豚肉300330+10%
·牛肉160176+10%
·鮭200180−10%
·さば140126−10%
·豆腐300420+40%
·納豆280294+5%
·卵4004000%
·牛乳400420+5%
·ヨーグルト240264+10%
·チーズ180171−5%
·バター120108−10%
·アイスクリーム120360+200%
·麦茶100300+200%
·ミネラルウォーター400640+60%
·コーヒー200190−5%
·ジュース180270+50%
·チョコレート240144−40%
·ポテトチップス200220+10%
·シリアル120126+5%

カレールーは100個から150個へ、50%増えています。たまねぎ、じゃがいも、にんじんも増えています。一つの商品だけでなく、関連する商品の集まりにも変化が見えます。

「カレーの材料」などの集まりは、売れた結果を見ずに決めておきます。たまねぎのように、複数の集まりに入る商品もあります。ただし、販売個数だけでは、特売や来店客数などの影響と、料理の流行を区別できません。

項目ごとの個数を並べたものがカウントデータです。遺伝子を調べるときも、行に遺伝子、列に試料を並べて比較します。

商品遺伝子
冬・夏の販売個数条件A・BのRNA由来のカウント
関連する商品関連する遺伝子

販売個数とRNAのカウントは別の量ですが、「同じ項目を、異なる条件で比べる」という表の読み方は共通です。

2. 遺伝子とRNA

遺伝子は、RNAを作る情報を持つDNAの領域です。タンパク質を作る遺伝子では、DNAの情報がmRNAに写され、そのmRNAをもとにタンパク質が作られます。

DNA → mRNA → タンパク質

DNAからRNAを作る過程を転写、mRNAからタンパク質を作る過程を翻訳と呼びます。

RNA量を測ると、どの遺伝子がどれくらい発現しているかを調べられます。ただし、翻訳や分解の影響もあるため、RNA量とタンパク質の量・働きは同じではありません。

3. shRNA

shRNAは、標的のmRNAを減らす仕組みに利用する短いRNAです。遺伝子産物の量を下げる操作をノックダウンと呼びます。DNAそのものを消す操作ではありません。

模式図

DNAは残したまま、mRNAを減らす

DNA情報のもと
転写
mRNA情報を写したもの
翻訳
タンパク質細胞で働く分子
1 / 3DNAからmRNAが作られる

DNAの情報をもとにmRNAが作られます。この過程を「転写」と呼びます。

shRNA模式図の操作

図の要約:DNA → mRNA → タンパク質。shRNAは標的mRNAを減らす仕組みに利用され、DNAを消すものではありません。分子の数は実測値ではありません。

4. RNA-seqとカウント表

RNA-seqは、試料中のRNAに由来する配列を読み取り、遺伝子の発現量などを調べる方法です。遺伝子ごとに対応するリード(読み取った配列)などを数え、カウント表にまとめます。

表の1行は1遺伝子、1列は1試料です。条件AとBを比べるときも、各条件で複数の試料を測り、試料間のばらつきを調べます。

人工データ
遺伝子A1A2A3A4A5A6B1B2B3B4B5B6
DEMO01809773797387381423341620
DEMO02105958910812275265560352332
DEMO03135361331231458512616128149
DEMO04113721757527539219240105211257
DEMO051611692011701701361119193100133151
DEMO06169165204207188144112179144161178139
DEMO0717725319630921018420417811259201285
DEMO081347311901101297395137156197128
DEMO0998989410191100175161145156143155
DEMO101258816363112129235258235280250287
DEMO1111812415016113791371401271427366197
DEMO127961215326187280525396490565289566
DEMO13171206156158184181534595254063
DEMO14247101210651712311051611231479
DEMO159594113716353134778559136
DEMO16207864512721166197116271151
DEMO17111110124120140117948196969882
DEMO1810311115817314910718211211098117113
DEMO19851371893851981719818118114167144
DEMO201739625513219926815514833731250292
DEMO21198197197219206214356317312282301356
DEMO227911586216683157178161156132157
DEMO2321011111299142116233303232305267181
DEMO2410136262161711355327428450399380
DEMO25154126125138134162142147163162152140
DEMO26148161245186203135155123124125125134
DEMO2714911492171402261681681089768189
DEMO281961424211442484592362751642607156
DEMO29727069838186778883727388
DEMO30101137738357799314910011990130
DEMO311309513772146104143645110717633
DEMO32173140842841312591428623320216191
DEMO33178165177144156148171145178138172176
DEMO3415813160119205209196197171213128191
DEMO358212919512017816354642718527828
DEMO36281446413256871551491678622
DEMO379471108998210285788099118112
DEMO3814713514615816511910211612114514180
DEMO39203101771591581851567322221576157
DEMO401747141427191367230198248354118228
DEMO41213217212223192156177151144171171151
DEMO4216017219517522320211516122525370252
DEMO4370299774941068847636775
DEMO44190200523413515851011141101159
DEMO4511811612013412512113814114413797154
DEMO4612615418016910013116318011217213776
DEMO4717719423667317270108111161122113112
DEMO485242801412289618414916535288412

この表は、後の図でも使う人工発現量です。A1〜A6とB1〜B6が各条件の6反復で、DEMO01〜48は架空の遺伝子名です。実際のRNA-seqのリード数ではありません。

実際のカウントは、RNA量だけでなく試料ごとに読み取った総量などにも左右されます。条件間で比べる前に、その違いを考慮する正規化が必要です。

5. 発現量の変化

fold changeは発現量の比です。ここでは条件Bの平均を対照Aの平均で割ります。その比を2を底とする対数で表したものが、log₂ fold changeです。

条件B / 対照A log₂ fold change 意味
2 +1 Bで2倍
1 0 同じ
0.5 −1 Bで半分

正ならBで多く、負ならBで少なくなります。比較の向きを逆にすると、符号も逆になります。

6. p値と多重検定

平均が違っていても、試料のばらつきで説明できるかもしれません。p値は、差がないという仮定と検定の前提のもとで、観測された差以上に極端な結果が出る確率です。「差がない確率」そのものではありません。

多数の遺伝子を同時に調べると、偶然小さなp値になるものも増えます。この教材ではBenjamini–Hochberg(BH)法でp値を調整し、調整済みp値を使います。

変化の大きさとp値は別の指標です。p値が小さいことだけで、生物学的に重要とは判断できません。

7. ボルケーノプロット

表の1行を、図の1点にします。1点は1遺伝子です。

横軸

log₂ fold change

変化の方向と大きさ。左はBで少なく、右はBで多い。

縦軸

−log₁₀ 調整済みp値

上に行くほど調整済みp値が小さい。

遺伝子の表とボルケーノプロット

人工データ · 全48遺伝子

条件Bと対照Aの比較。DEMO01〜48は架空の遺伝子です。原論文のshCaN実験ではありません。

◆ 模式セットA○ セット外色・形はセットへの所属を表します
012調整済みp = 0.05−log₁₀ 調整済みp値-2-10+1+2log₂ fold change(条件B / 対照A)← Bで少ないBで多い →DEMO01
人工遺伝子の変化量とBH調整済みp値。遺伝子名で選択。
遺伝子log₂ FC調整済みp
-1.750.010
-1.360.010
-1.300.104
+0.870.325
-0.570.016
-0.240.233
-0.220.747
+0.600.396
+0.680.010
+1.180.010
+1.380.010
+1.300.016
-1.720.010
-1.420.071
-0.610.208
-0.730.464
-0.400.010
-0.130.733
-0.520.397
+0.110.876
+0.640.010
+1.060.010
+0.950.016
+1.870.010
+0.110.325
-0.460.030
-0.140.876
-0.600.396
+0.060.692
+0.360.264
-0.250.718
-0.270.733
+0.020.906
+0.340.448
-0.150.876
-0.090.906
+0.040.876
-0.300.126
-0.170.876
+0.150.876
-0.330.042
-0.070.876
-0.110.876
-0.470.690
+0.140.337
-0.030.906
-0.790.104
-0.020.972
選択中の遺伝子

DEMO01

◆ 模式セットAに含まれる

log₂ fold change
-1.75
条件B / 対照A
0.30 倍
調整済みp値(BH)
0.010

上下の位置とセットへの所属は別です。発現量の変化だけでは、原因や働きまでは分かりません。

人工データの生成条件と計算方法

全48遺伝子、対照Aと条件Bを各6反復。独立な正規乱数を整数に丸め、1未満は1とした任意単位の模擬発現量です。乱数シードは20261023。基準量は80〜200、標準偏差は基準量の0.12 / 0.25 / 0.45 / 0.65倍。Bの期待値は、最初の24遺伝子では基準量×2のe乗(e = −1.6 + (0始まりの番号 mod 12)×0.29)、残りはe = (番号 mod 5 − 2)×0.07です。セットAは番号 mod 6 が0または1の遺伝子として事前定義しています。

横軸は反復平均の比のlog₂。p値は12個の値を6対6に分ける全924通りの、平均差の絶対値を使った両側の正確置換検定から計算し、全48検定をBH法で調整しています。ライブラリサイズの正規化やRNA-seq特有の分布を扱う解析ではなく、統計的な指標を読むための簡略例です。実データの解析には、その実験に合った手法が必要です。

選択中のDEMO01:対照A [80, 97, 73, 79, 73, 87]、条件B [38, 14, 23, 34, 16, 20]。

8. 遺伝子セット

遺伝子セットは、既知の機能や過去の研究などに基づいて定義した遺伝子の集まりです。細胞周期や免疫応答に関わる遺伝子などが例です。一つの遺伝子が複数のセットに入ることもあります。

セットは比較の結果を見る前に決めます。変化の大きかった遺伝子だけを後から集めれば、「変化が大きい」のは当然になってしまいます。

この教材の「セットA」は、全48遺伝子のうち16遺伝子を、発現量とは独立に番号で決めた模式セットです。図の◆がセットA、○がセット外を表します。実在の機能を持つ集まりではありません。

9. 過剰代表解析

過剰代表解析(ORA)は、選んだ遺伝子群に、あるセットの遺伝子が多く含まれるかを調べます。比較の基準となる遺伝子全体を背景集合と呼びます。

例として、Bで減少の大きい12遺伝子を選び、セットAの割合を全48遺伝子での割合と比べます。

全48遺伝子のセットA16 / 48遺伝子33.3%
Bで減少の大きい12遺伝子のセットA6 / 12遺伝子50.0%

選んだ12遺伝子では、セットAの割合が高くなっています。ただし、ここでは割合だけの比較です。本来のORAでは、偶然でもこの偏りが起こりうるかを統計的に評価します。選ぶ基準や背景集合によって結果は変わります。

10. GSEA

GSEA(遺伝子セットエンリッチメント解析)は、一部の遺伝子だけを選ぶのではなく、順位づけた遺伝子全体を使います。セットの遺伝子が、順位のどちら側に集まっているかを調べます。

ここでは全48遺伝子をlog₂ fold change順に並べます。セットAの遺伝子で上がり、セット外で下がる曲線を描くと、順位の偏りが見えます。

遺伝子の順位とセットA

人工データ · 全48遺伝子
遺伝子の並び順
◆はセットA。log₂ fold change順。
順位 / 遺伝子log₂ FC
01·DEMO24+1.87
02·DEMO11+1.38
03·DEMO12+1.30
04·DEMO10+1.18
05·DEMO22+1.06
06·DEMO23+0.95
07·DEMO04+0.87
08·DEMO09+0.68
09·DEMO21+0.64
10◆DEMO08+0.60
11·DEMO30+0.36
12·DEMO34+0.34
13·DEMO40+0.15
14·DEMO45+0.14
15◆DEMO20+0.11
16◆DEMO25+0.11
17·DEMO29+0.06
18◆DEMO37+0.04
19·DEMO33+0.02
20·DEMO48-0.02
21·DEMO46-0.03
22·DEMO42-0.07
23·DEMO36-0.09
24◆DEMO43-0.11
25·DEMO18-0.13
26·DEMO27-0.14
27·DEMO35-0.15
28·DEMO39-0.17
29◆DEMO07-0.22
30·DEMO06-0.24
31◆DEMO31-0.25
32◆DEMO32-0.27
33◆DEMO38-0.30
34·DEMO41-0.33
35·DEMO17-0.40
36◆DEMO26-0.46
37◆DEMO44-0.47
38◆DEMO19-0.52
39·DEMO05-0.57
40·DEMO28-0.60
41·DEMO15-0.61
42·DEMO16-0.73
43·DEMO47-0.79
44·DEMO03-1.30
45◆DEMO02-1.36
46◆DEMO14-1.42
47◆DEMO13-1.72
48◆DEMO01-1.75
セットAの重みなし順位曲線横軸は順位、縦軸は簡略スコア。点線は全体、実線は現在のステップまで。絶対値が最大のスコアは-0.41。最後は0です。-10+1簡略スコア012243648遺伝子の順位
00 / 48

開始点セットAで上がり、セット外で下がる

0.00
順位曲線の操作

◆はセットA。点線は全48遺伝子をたどった曲線です。現在の並び順で、絶対値が最大のスコアは-0.41。横軸は時間ではありません。

スコアの計算方法

セットAの16遺伝子では1 ÷ 16、それ以外の32遺伝子では−1 ÷ 32を足します。上昇の合計は+1、下降の合計は−1なので、最後は0に戻ります。重みづけ、NES・FDRの計算は行っていません。

これは重みなしの簡略例です。本来のGSEAでは、順位指標による重みづけや置換による評価などを行います。この曲線から論文のNESやFDRは計算していません。

11. 原論文の図5

Satoら(PNAS, 2024)は、ヒト乳がん由来のMCF7細胞を使って、カルシニューリンとE2F1の関係を調べています。E2F1は、遺伝子の発現を調節する転写因子の一つです。

この論文のshCaNは、カルシニューリンのCaN Aαを減らすためのshRNAです。E2F1を直接狙うshRNAではありません。

原論文 · Figure 5
  1. 条件

    CaN AαをノックダウンしたMCF7細胞と、対照の細胞を比較しています。

  2. 凡例

    図5Bの赤い点はHallmark E2F標的遺伝子です。「赤=有意差あり」ではありません。

  3. 分布

    図5Bで個々の遺伝子の変化、図5C–Eで遺伝子セット全体の偏りを見ます。曲線を読む前に、比較の向きと順位指標を確かめます。

  4. 結論

    著者らは、CaN Aαを減らすとE2F標的遺伝子群の発現が低下することを示しています。ただし、発現の変化だけでは、直接結合やタンパク質分解の仕組みまで証明できません。

図5C–EのNESは正規化されたエンリッチメントスコア、FDRは偽発見率に関する指標です。一部の遺伝子を抜き出した表から、論文の値を再現することはできません。

12. 確認問題

カウント表の1行と1列は何を表す?

1行は1遺伝子、1列は1試料です。複数の試料から、条件の違いと試料間のばらつきを調べます。

ORAとGSEAは、どこが違う?

ORAは、選んだ遺伝子群にセットの遺伝子が多いかを背景全体と比べます。GSEAは、順位をつけた遺伝子全体のなかでセットが偏っているかを見ます。

shCaNは、E2F1のDNAを消す操作?

違います。CaN Aαを標的としてmRNAを減らす仕組みを利用する操作です。E2F1を直接狙うものでも、DNAを消すものでもありません。

ボルケーノの赤い点は、必ず有意差がある?

色の意味は凡例によります。原論文の図5BではHallmark E2F標的遺伝子を示します。点の高さと色の意味は別です。

用語

カウントデータ
項目ごとに数えた個数のデータ。
遺伝子セット
既知の機能や過去の研究などに基づいて定義した遺伝子の集まり。
ノックダウン
特定の遺伝子産物の量を減らす操作。DNAをなくすこととは異なる。
RNA-seq
RNA由来の配列を読み取り、遺伝子の発現量などを調べる方法。
エンリッチメント
比較の基準に対して、ある集まりが相対的に多く含まれることや、順位の片側に偏ること。
FDR
発見とした結果の中に、誤った発見が含まれる割合に関する指標。

出典とデータ

  1. Sato Y, et al. Calcineurin-mediated dephosphorylation stabilizes E2F1 protein by suppressing binding of the FBXW7 ubiquitin ligase subunit. PNAS 121, e2414618121 (2024). 原論文(DOI) · 全文・図5
  2. GSEA User Guide
  3. DRA011729 — 原論文で参照されるRNA-seqデータ。

商品48件は架空、遺伝子48件は人工データです。論文の実測データやMSigDBのセットは使用していません。論文図はリンク先で参照できます。